第4回 記憶障害について

皆さんは『記憶障害』という言葉を聞いたことあるでしょうか。
よくドラマや映画で記憶喪失の人が出てきますが、それも記憶障害の一部の症状です。

ご高齢になると共に記憶障害の発症のリスクは高くなっていきます。

在宅医療においても、記憶障害を伴う認知症の患者さんが数多く見受けられます。

では、記憶障害とは一体どういうものなのか、
また、記憶障害が発症する原因としては何があるのか、
記憶障害の症状の特徴によってどういった病気を考えていけばいいか、
治療はどういったものがあるか、を
高齢者に見られやすい記憶障害(主に認知症)を中心に考えていきたいと思います。

Q そもそも『記憶』ってなに?

『記憶』とは、「記銘」、「保持」、「追想」の3つの機能により成り立っています。
「記銘」によって、言葉や物事、動作を覚え込み、
「保持」によって、それを維持し、
「追想」によって、それを思い出す。

記憶障害には大きく分けると「記銘障害」と「追想障害(※)」があります。
「記銘障害」とは、新しく言葉や物事を覚えられないことをいいます。
健常者でも、睡眠不足や疲れで集中力が低下し記銘力の低下が起こることがあります。
「追想障害」とは、ある程度まとまった期間のことが思い出せない、
いわゆる「ど忘れ」という状態です。
病的に思い出せないことを「健忘(けんぼう)」と言います。
(※)追想障害には記憶増進、記憶減退、記憶錯誤等がありますが、
分かりやすくするため説明を省きます。

Q 高齢者の記憶障害の原因は?

記憶障害の原因として、高齢者に多いのはもちろん認知症です。
認知症には様々なタイプがあり、有名なアルツハイマー型認知症、
他には脳血管性認知症や、レビー小体型認知症というものもあります。

頻度はアルツハイマー型認知症が全体の認知症の45.1%、
脳血管性認知症が29.5%、レビー小体型認知症は4.4%となっており、
上記の混合型の認知症は12.0%となっています。

ほかにも、うつ病、頭蓋内疾患として慢性硬膜下血腫や正常圧水頭症、
甲状腺機能低下、アルコール依存、神経梅毒やビタミン欠乏症などが
原因となることもあります。
また、勉強部屋のコーナーの『不穏とは』で出てきた、
せん妄も一過性の意識障害だけでなく、慢性的な記憶障害を引き起こす原因となります。

せん妄になると6~12ヶ月後の認知・身体機能が低下することが知られており、
一般的に「入院するとボケる」と言われる原因の一つにもなっているのです。

Q どうやって見分けるの?

上記で述べたような疾患が原因となりますが、症状の進行速度、症状の出現する順番、病識の有無、質問に対する反応などからおおよその判断をすることができます。

  1. 慢性的(月~年単位)に症状が進行していくタイプ
    •  アルツハイマー型認知症:症状の進行が穏やかであり、初期と末期の症状の経過は
      進行速度がより遅くなります。まず、記銘障害のみが5年程度継続します。
      その後、時間→場所→人物の順にわからなくなっていき、さらに着衣や入浴、
      トイレの介助が必要となり、言語機能が障害されてきます。
      この時期から徘徊や攻撃行動、物取られ妄想も出現してきます。
      末期には昔のことも忘れてしまう追想障害もみられ、歩行や栄養の障害も出現し、
      発症より9年程度で死亡するとされます。
      病識は乏しく、質問に対して笑ってごまかすのが特徴的です。
    •  

    • 脳血管性認知症:脳卒中発作や新しい梗塞が加わるたびに症状が悪化していくため、
      アルツハイマー型に比べ、比較的急速に発症し段階的に悪化していくのが特徴的です。
      初期症状としては、アルツハイマー型と異なり、抑うつや自発性低下、夜間興奮、
      歩行障害、尿失禁、運動麻痺が先に現れる場合があります。
      また、障害の進行する部分にばらつきが現れ
      (例:喋れないが計算だけは問題ないなど)、症状も動揺することがあります。
      病気に対しての認識もあり、記憶障害もアルツハイマー型より軽度です。
  2. 急性(日~週)、亜急性(週~月)に症状が進行していくタイプ
    1. 原因の積極的検査で異常はないが、随伴症状を認めます。
      • レビー小体型認知症:進行が急速であり、症状の動揺も激しいです。
        初期に幻視が出現し、錐体外路症状(無動、動作緩慢、歩行障害など)や
        不随意運動、徘徊、攻撃行動が記憶障害に先行して見られることもあります。
        記憶障害はアルツハイマー型より軽度です。
      • うつ病:亜急性(週~月)に症状が進行していきます。
        記憶障害の自覚症状は訴えますが、知能検査では消極的になり、
        返答に時間がかかるものの促せば正確な回答が得られる点が認知症と異なります。
        うつ病では、不眠・食欲低下が著明で気分もほぼ毎日ずっと落ち込んでいて
        笑う余裕もみられません。希死念慮(※)も認める場合もあります。
         (※)希死念慮・・死にたいと願うこと。
    2. 原因の積極的検査で異常を認める
      頭蓋内疾患、甲状腺機能低下症、アルコール依存症、神経梅毒、
      ビタミン欠乏症などは、最終的にCTやMRI、血液検査などの
      詳しい検査で原因をつき止めます。

Q 治療方法はありますか?

残念ながら認知症の治療薬は選択肢が少なく、アルツハイマー型認知症に適応のある
アリセプト®という薬が病型問わず出されていることが多いです。

アリセプト®はコリンエステラーゼ阻害薬であくまで進行を遅らせることが
目的であり、中断すると効果がなくなってしまいます。

他にも、アリセプト®と同様の作用の薬で体に貼るタイプのイクセロンパッチ®や
NMDA受容体阻害薬であるメマリー®という中等度から重度の
アルツハイマー型認知症に使われる新薬も出ており、
今後使われる症例が増えていくことで医学的効果の程度がわかってくると思われます。

また、認知症に伴って二次的に出現してくる徘徊や攻撃行動などの症状を
周辺症状といいますが、その周辺症状を改善するために、
抗不安薬や抗精神病薬が対処療法として用いられることがあります。
使いやすい薬としては、抗精神病薬のグラマリール®や漢方の抑肝散などがあります。

しかし、周辺症状のコントロールが難しい場合には脳神経内科や精神科で
薬の調整をしてもらった方がいいでしょう。

記憶障害が伴った患者さんと向き合うことは
ご家族にとっても、とても辛い時間が多くなることも確かです。
「どうしてこうなってしまったんだろう」
「何か解決方法はないだろうか」
介護に追われる毎日から介護者の方々の方が滅入ってしまうというケースも
少なくないかと思います。

そういう時は少し肩の力を抜いてみて下さい。
何事も向き合い続け過ぎると見えてこないこともあります。
誰かと他愛無い話しをすることで救われる気持ちもあります。
発症してしまった病気とは仲良く付き合っていくことが大事です。
記憶障害も同じです。

辛い時や不安な時は我慢せず、医師や看護師に相談してみて下さいね。

研修医 加賀
2011.10.31