※本ブログを執筆した古屋医師は2021年4月~2025年3月まで鳳優会に在籍
荏原ホームケアクリニック リウマチ・膠原病センターの古屋です。
前回「胸部の触診」についてお話させていただきましたが、今回は「胸部の打診」について考えていこうと思います。胸部の触診は主に心臓の状態を評価するためのものでしたが、打診は肺の状態評価に使うものです。触診と同じで、聴診と比較すると手技も簡単なので必ず診るようにしています。今回胸部の打診の考え方について解剖学的、生理学的な情報を踏まえて考えてみようと思います。
打診とは何か?
打診の考案者とされているのはJosef Leopold Auenbrugger (1722-1809) と言われています。彼はワインの商人が半分満たされた樽を叩くのを観察してアイデアを得たのであろうとサパイラ身体診察のアートとサイエンスには書いてあります。これが本当だとすると、それを人体に応用しようとしたのはすさまじいひらめきです。まさに打診王と言っても過言ではないと思います。
打診とは体表面を叩いて音波を発生させ、下にある組織が振動することで、組織や構造物の密度により異なる周波数の音を発生させる手技です。つまり、叩いている部位の下にある臓器の密度(空気が多いのか少ないのか)を知ることで臓器の境界を知るための手技というわけです。
- 体位は「座位」:臥位ではあまり好ましくありません。理由は下記に述べます。
- 左手の中指を打診板にしてしっかり密着させる。
- 一定の力で打診する。
- 肘ではなく手首のスナップをきかせて打診する。
- 打診したらすぐに離す。
なぜ胸部の打診を行うのか?
| 所見 | 感度(%) | 特異度 | LR+ | LR- |
|---|---|---|---|---|
| 比較打診法 濁音 発熱と咳嗽のある患者の肺炎 胸部X線画像での何らかの異常 呼吸器症状のある患者での胸水 |
4-26 8-15 89 |
82-99 94-98 81 |
3.0 3.0 4.8 |
NS NS 0.1 |
| 局在打診法 横隔膜の可動域<2cm 慢性気道閉塞の検出 |
13 |
98 |
NS | NS |
| 聴性打診法 異常濁音 胸部X線画像での何らかの異常 胸水の検出 |
16-69 58-96 |
74-88 85-95 |
NS 8.3 | NS NS |
ここで、心臓の打診は行うのか?という問題があります。それに関しては書籍を確認したり、心臓フィジカルのプロの先生のご意見を伺ったところによると、「心臓診察において打診はあまり有用ではないのでやらない」という事のようです。
| 所見 | 感度(%) | 特異度 | LR+ | LR- |
|---|---|---|---|---|
| 座位で濁音界が鎖骨中線より外側へ広がる場合 心胸郭比が0.5以上 |
97 |
60 |
2.4 |
0.1 |
| 臥位で濁音界が胸骨中線から10.5cm以上外側へ広がる場合 心胸郭比が0.5以上 |
97 |
61 |
2.5 |
0.05 |
胸部の解剖 肺の位置
それでは診察手技の前にまず肺・胸郭の解剖を確認します。胸部の打診を行う時も、心臓の診察と同様、「胸郭の内側・肺の状態をイメージする」ことが重要だと思うので、解剖学的な肺の位置や構造を知ることが重要です。
触診可能な体表の指標により、胸膜腔と肺の正常な輪郭の位置を知り、肺葉と肺裂の位置を推定することができます。上方では、壁側胸膜が第一肋骨の上方へ突出しており、胸骨下部の後方では、心臓が左側にある関係で左臓側胸膜は右ほど正中線には近づいてはいません。下方で、胸膜は横隔膜上の肋骨弓で折り返しています。下の図のように、背部から見てみると、胸膜腔はTh12のあたりまで存在しています。また肺の上葉と下葉を分ける斜裂(Oblique fissure)は背部正中近くでTh4の棘突起の高さにあります。これは外側下方へ向かって移行し第4,5肋間隙を横切り、外側では第6肋骨に達します。他の細かい肺の解剖や換気力学などは呼吸音の会に譲りますが、打診を理解するためにはこれくらいの知識が必要です。
胸部の体表解剖(ネッター解剖学アトラス)
打診音について知る
ここで、打診で生じる打診音の発生機序について述べておきます。打診法が考案された初期の頃から打診音の発生機序には2つの仮説がありました。一つは局在打診仮説、もう一つは胸郭共鳴仮説です。
★Skodaの共鳴音(図左)
胸水の上方の部分を打診すると過共鳴音(鼓音)が聴取されるという所見です。
★Grocco三角(図右)
大量胸水がある反対側の背部に出現する直角三角形の濁音界を認めるという所見です。
Skodaの共鳴音に関しては音の原因は分かっていませんが、本来直下の軟部組織は肺であり、胸水により肺はつぶれている可能性もあります。つまりは聴取される打診音は清音もしくは濁音であるべきです。また、Grocco三角に関しては胸水が内側から胸壁を圧迫し胸郭の動きに制限がかかることで反対側に濁音が生じると言われています。これらの事から、打診部位直下の軟部組織だけでは音の発生は説明できず、胸郭共鳴仮説を支持する事象であると言えます。胸郭共鳴仮説が正しいというのが現在の主流の考え方です。
ここから言えるのは、上にも述べましたが打診を行う際は「座位」の体位をとるべきであるという事です。仮に臥位を取った場合、胸郭の動きに制限が出ることで正確な音が判断できないこと言うことになります。在宅では寝たきりの患者さんも多くらっしゃるので、可能な限り支えてもらい座位を取りますが、座位が取れない場合は打診の所見の評価は慎重であるべきです。
打診で肺の動きを感じ取る
聴性打診法を活用する!
ちなみに聴性打診法による異常濁音は比較打診法と比較して陽性尤度比が高いようです。このことからも、間接打診法と聴性打診法の併用で胸膜性疾患の検出率が上がるように思います。
| 所見 | 感度(%) | 特異度 | LR+ | LR- |
|---|---|---|---|---|
| 比較打診法 濁音 発熱と咳嗽のある患者の肺炎 胸部X線画像での何らかの異常 呼吸器症状のある患者での胸水上 |
4-26 8-15 89 |
82-99 94-98 81 |
3.0 3.0 4.8 |
NS NS 0.1 |
| 聴性打診法 異常濁音 胸部X線画像での何らかの異常 胸水の検出 |
16-69 58-96 |
74-88 85-95 |
NS 8.3 |
NS NS |
- 胸部の打診を行う際は肺の解剖を体表から予測する。
- 打診を行う時は可能な限り「座位」をとる。
- 打診は一定の力で、間隔は細かく、打診部位直下の臓器の位置を意識して行う。
- 聴性打診法も有効。併用しながら診察の精度を高める。
- 打診もワンポイントではなく経過を追うことと他の所見と組み合わせることが重要。
次回は肺の聴診について考えてみようと思います。
- ガイトン生理学 原著第13版
- トートラ人体の構造と機能 第4版
- グレイ解剖学 原著第4版
- マクギーのフィジカル診断学 原著第4版
- サパイラ 身体診察のアートとサイエンス 原著第4版
- 身体所見のメカニズム-A to Zハンドブック
