胸部の打診

荏原ホームケアクリニック リウマチ・膠原病センターの古屋です。

前回「胸部の触診」についてお話させていただきましたが、今回は「胸部の打診」について考えていこうと思います。胸部の触診は主に心臓の状態を評価するためのものでしたが、打診は肺の状態評価に使うものです。触診と同じで、聴診と比較すると手技も簡単なので必ず診るようにしています。今回胸部の打診の考え方について解剖学的、生理学的な情報を踏まえて考えてみようと思います。

打診とは何か?

イメージ:Josef Leopold Auenbrugger
Josef Leopold Auenbrugger

打診の考案者とされているのはJosef Leopold Auenbrugger (1722-1809) と言われています。彼はワインの商人が半分満たされた樽を叩くのを観察してアイデアを得たのであろうとサパイラ身体診察のアートとサイエンスには書いてあります。これが本当だとすると、それを人体に応用しようとしたのはすさまじいひらめきです。まさに打診王と言っても過言ではないと思います。


打診とは体表面を叩いて音波を発生させ、下にある組織が振動することで、組織や構造物の密度により異なる周波数の音を発生させる手技です。つまり、叩いている部位の下にある臓器の密度(空気が多いのか少ないのか)を知ることで臓器の境界を知るための手技というわけです。

打診には直接打診法と間接打診法があります。直接打診法は直接体表面を叩く方法で、間接打診法は体壁に当てた打診板を介在して叩く方法です。打診板は一般的には自身の左中指を使う方法が主流です。(写真)
直接打診法
<直接打診法>
間接打診法
<間接打診法>
一般的には間接打診法を用いて診察することが多いように思います。関節打診法の診察のポイントは下の通りです。これらのポイントを意識しながら日々打診をしています。
  1. 体位は「座位」:臥位ではあまり好ましくありません。理由は下記に述べます。
  2. 左手の中指を打診板にしてしっかり密着させる。
  3. 一定の力で打診する。
  4. 肘ではなく手首のスナップをきかせて打診する。
  5. 打診したらすぐに離す。
次に打診の方法についてです。名称を覚える必要はありませんが、3種類あります。両側を比較して打診する比較打診法、空気の多いところと少ないところから臓器の位置や異常を推定する局在打診法、聴診と直接打診法の合わせ技である聴性打診法の3種類です。聴性打診法については下で述べます。

なぜ胸部の打診を行うのか?

まず、なぜ胸部の打診を行うのか?という事ですが、その目的は主に「肺の広がりを知るため」です。 打診で推定できる病態に関しては下記の通りです(マクギーのフィジカル診断学)。
所見 感度(%) 特異度 LR+ LR-
比較打診法 濁音
発熱と咳嗽のある患者の肺炎
胸部X線画像での何らかの異常
呼吸器症状のある患者での胸水

4-26
8-15
89

82-99
94-98
81

3.0
3.0
4.8

NS
NS
0.1
局在打診法 横隔膜の可動域<2cm
慢性気道閉塞の検出

13

98

NS

NS
聴性打診法 異常濁音
胸部X線画像での何らかの異常
胸水の検出

16-69
58-96

74-88
85-95

NS
8.3

NS
NS
これを見てみると、肺実質の異常の検出に関しては感度が低く、打診の有用性は乏しいように思います。それに対して胸水をはじめとした胸膜性疾患の検出に関しては感度・特異度ともに比較的高く、診断には有用です。つまり打診は胸膜性疾患の評価に使うことになります。
ここで、心臓の打診は行うのか?という問題があります。それに関しては書籍を確認したり、心臓フィジカルのプロの先生のご意見を伺ったところによると、「心臓診察において打診はあまり有用ではないのでやらない」という事のようです。
所見 感度(%) 特異度 LR+ LR-
座位で濁音界が鎖骨中線より外側へ広がる場合
心胸郭比が0.5以上

97

60

2.4

0.1
臥位で濁音界が胸骨中線から10.5cm以上外側へ広がる場合
心胸郭比が0.5以上

97

61

2.5

0.05
心臓の打診に関しては胸郭変形や肺気腫の有無で左右されてしまうのと、レントゲンとの一致率が低いと言われます。また上の表(マクギーのフィジカル診断学)のような事が言われていますが、心胸郭比の臨床的な意義が明確になっていないため、所見をとってもその有用性が不明であることがその理由の一つです。心臓の評価に関してはPMIの方が情報量は多く、打診がPMIより優先されることはないかと思います。

胸部の解剖 肺の位置

それでは診察手技の前にまず肺・胸郭の解剖を確認します。胸部の打診を行う時も、心臓の診察と同様、「胸郭の内側・肺の状態をイメージする」ことが重要だと思うので、解剖学的な肺の位置や構造を知ることが重要です。
触診可能な体表の指標により、胸膜腔と肺の正常な輪郭の位置を知り、肺葉と肺裂の位置を推定することができます。上方では、壁側胸膜が第一肋骨の上方へ突出しており、胸骨下部の後方では、心臓が左側にある関係で左臓側胸膜は右ほど正中線には近づいてはいません。下方で、胸膜は横隔膜上の肋骨弓で折り返しています。下の図のように、背部から見てみると、胸膜腔はTh12のあたりまで存在しています。また肺の上葉と下葉を分ける斜裂(Oblique fissure)は背部正中近くでTh4の棘突起の高さにあります。これは外側下方へ向かって移行し第4,5肋間隙を横切り、外側では第6肋骨に達します。他の細かい肺の解剖や換気力学などは呼吸音の会に譲りますが、打診を理解するためにはこれくらいの知識が必要です。

胸部の体表解剖(ネッター解剖学アトラス)

イメージ:胸部の体表解剖(ネッター解剖学アトラス)

打診音について知る

打診により得られる音は下の通り分類があります。
打診により得られる音の波形イメージ
鼓音、共鳴音、濁音など分類があり、それぞれ持続時間、周波数など特徴が異なりますが、これを覚える必要はありません。所見の表現を行う都合上名称は覚える必要がありますが、特徴は耳で聞いて覚えるのが一番です。鼓音はガスのたまった腸管や口の中に空気をためて膨らませた頬っぺたなどを叩いた時の音、共鳴音(または清音)は正常な肺を叩いた時の音、濁音は大腿を叩いた時の音です。私はひたすら自分の体を打診して音を耳に叩き込むようにしました。娘の背中を打診して「背中をトントンしないで!」と怒られたのも良い思い出です。
 ここで、打診で生じる打診音の発生機序について述べておきます。打診法が考案された初期の頃から打診音の発生機序には2つの仮説がありました。一つは局在打診仮説、もう一つは胸郭共鳴仮説です。
局在打診仮説・胸郭共鳴仮説イメージ
局在打診仮説は、打診音は打診部位の直下にある軟部組織の力学的特徴のみに依存するという仮説です。つまりは打診部位の直下が肺であれば肺の状態のみに音は依存するという事です。対して胸郭共鳴仮説は、打診音は体壁の振動のしやすさを反映しており、その振動のしやすさは打診の強さ、体壁の状態、その下にある軟部組織などの多数の要素が関係しているという説です。どちらが正しいのかという事に関しては胸郭共鳴仮説を支持する結果が多いようです。胸郭共鳴仮説を支持するものとして、「Skodaの共鳴音」と「Grocco三角」を紹介しておきます。

★Skodaの共鳴音(図左)
胸水の上方の部分を打診すると過共鳴音(鼓音)が聴取されるという所見です。

★Grocco三角(図右)
大量胸水がある反対側の背部に出現する直角三角形の濁音界を認めるという所見です。

Skodaの共鳴音
<Skodaの共鳴音>
Grocco三角イメージ
<Grocco三角>

Skodaの共鳴音に関しては音の原因は分かっていませんが、本来直下の軟部組織は肺であり、胸水により肺はつぶれている可能性もあります。つまりは聴取される打診音は清音もしくは濁音であるべきです。また、Grocco三角に関しては胸水が内側から胸壁を圧迫し胸郭の動きに制限がかかることで反対側に濁音が生じると言われています。これらの事から、打診部位直下の軟部組織だけでは音の発生は説明できず、胸郭共鳴仮説を支持する事象であると言えます。胸郭共鳴仮説が正しいというのが現在の主流の考え方です。
ここから言えるのは、上にも述べましたが打診を行う際は「座位」の体位をとるべきであるという事です。仮に臥位を取った場合、胸郭の動きに制限が出ることで正確な音が判断できないこと言うことになります。在宅では寝たきりの患者さんも多くらっしゃるので、可能な限り支えてもらい座位を取りますが、座位が取れない場合は打診の所見の評価は慎重であるべきです。

打診で肺の動きを感じ取る

では、実際の診察でどのように打診を行い、評価するのかを考えていきます。まず、上にも記載した通り体位は座位とします。次に診察を行う上での体表面のメルクマールを確認します。確認するのは肩甲骨下部と腸骨稜頂上部です。肩甲骨下角はTh7-9、腸骨稜頂上部がL4に相当します。その二つを結んだ直線の中点がおおよそのTh12に相当し、そこが肺底部です。(解剖学的にTh12まで肺が存在していることを上で確認しました。) 横隔膜に腎臓の上極がかぶっているので、このあたりがCVA叩打痛の部位という事も合わせて覚えておくとよいと思います。
肩甲骨下部・腸骨稜頂上部イメージ
解剖学的なメルクマールを確認し、肺の場所がイメージできたら、いよいよ打診を行っていきます。打診は肺尖部から肺底部に向けて細かい間隔、一定のリズムで打診をしていきます。ここで、打診の間隔をあけてしまうと正確な局在診断ができなくなるので、イメージとしては1横指ずつずらしながら打診をしていく感じです。
細かく打診をしていき、共鳴音から濁音に音が変わるところがあります。そこが肺底部と判断します。肺底部の場所が先ほど確認したメルクマールであるTh12の付近にあれば肺のふくらみに大きな問題はないと判断します(右は左と比較して1-2cm上になります)。次に肺がしっかりふくらみ、しっかりしぼむのか、横隔膜の動きが問題ないのかを考えていきます。 上の通りまず安静呼吸時におおよその肺底部を同定したら、次に患者さんに息を吐ききってもらい再度共鳴音から濁音へ変わるところを見つけます。音が変化した部位に左手の中指を固定し、次に深吸気してもらいます。深吸気し、息を止めた状態で中指は固定し打診板を人差し指として、徐々に中指と人差し指の間隔を開きながら人差し指を打診していき、音が変化したところで人差し指を固定します。
打診イメージ
イメージ:徐々に中指と人差し指の間隔を開きながら人差し指を打診していき、音が変化したところで人差し指を固定
この時の人差し指と中指の間の距離が横隔膜の動いた距離となり、正常であれば大体3-6cm程度あります。ここの距離が短くなる場合は、肺が膨らみすぎてしぼまない状態(肺気腫など)や固くなっている状態(間質性肺炎など)を考えます。しかし、重要なのはこの後に待っている聴診に備え、打診から肺の状態を想像するという事です。つまりは打診をする前に基礎疾患が何なのか、喫煙歴はあるのかなど確認する必要がありますし、聴診した後に再度打診に立ち返る事も必要です。打診は他の臨床情報や身体所見との合わせ技で判断します。さらにはワンポイントではなく、経過を追う事も忘れてはいけません。特に間質性肺炎の治療経過では呼吸音も重要ですが、打診で肺の拡張が改善しているというのも重要な所見です。

聴性打診法を活用する!

最後に聴性打診法について少しお話しておきます。普段間接打診法を主に使って診察していますが、聴性打診法も併用して評価するようにしています。本来どちらかだけで良いと思いますが、二つの所見を組み合わせることにより診察の精度を高めようという試みです。聴性打診法は直接打診法と聴診の合わせ技です。 まず、聴診器を先ほどのメルクマールであるTh12の部位よりさらに下方(最下部の肋骨よりも3cm程度下を目安)に当て、直接打診法で肺尖部から細かく優しく肺底部に向けて打診していきます。打診音は聴診器より聴取されますが、肺底部を越えると打診音が急に高くなるのですぐに分かります。
聴性打診法イメージ
他には変法として背部に聴診器を当てながら、胸骨を直接打診する方法もあります。この場合は聴診器を上からずらしながら胸骨上を直接打診することで音の変化を確認します。胸水があれば音の伝導が悪くなります。もちろん比較打診法で打診して、左右を比べて判断する手技です。
ちなみに聴性打診法による異常濁音は比較打診法と比較して陽性尤度比が高いようです。このことからも、間接打診法と聴性打診法の併用で胸膜性疾患の検出率が上がるように思います。
診察イメージ
所見 感度(%) 特異度 LR+ LR-
比較打診法 濁音
発熱と咳嗽のある患者の肺炎
胸部X線画像での何らかの異常
呼吸器症状のある患者での胸水上

4-26
8-15
89

82-99
94-98
81

3.0
3.0
4.8

NS
NS
0.1
聴性打診法 異常濁音
胸部X線画像での何らかの異常
胸水の検出

16-69
58-96

74-88
85-95

NS
8.3

NS
NS
<今回のまとめ>
  1.  胸部の打診を行う際は肺の解剖を体表から予測する。
  2. 打診を行う時は可能な限り「座位」をとる。
  3.  打診は一定の力で、間隔は細かく、打診部位直下の臓器の位置を意識して行う。
  4. 聴性打診法も有効。併用しながら診察の精度を高める。
  5. 打診もワンポイントではなく経過を追うことと他の所見と組み合わせることが重要。
今回は胸部の打診について考えてみました。患者さんの呼吸状態を把握する上で、視診や触診だけでなく、打診も重要であり、さらには聴診よりも評価が簡単です。得られる情報も多いので日々訓練をしながらマスターしていきたいですね。身体診察はやればやるほど奥が深いです。。

次回は肺の聴診について考えてみようと思います。

<参考文献>
  • ガイトン生理学 原著第13版
  • トートラ人体の構造と機能 第4版
  • グレイ解剖学 原著第4版
  • マクギーのフィジカル診断学 原著第4版
  • サパイラ 身体診察のアートとサイエンス 原著第4版
  • 身体所見のメカニズム-A to Zハンドブック