映画の中の神経疾患2

- 毎回、映画の中の神経疾患について取り上げてみます -

  2回目は「レナードの朝」(1990年)です。

 この映画はロバート・デ・ニーロとロビン・ウイリアムズが主演しており、有名な映画なので、みられた方も多い作品と思います。

 あらすじはロビン・ウイリアムズ扮するセイヤー医師が、嗜眠性脳炎によりパーキンソン症候群になり、長年寝たきりで無反応だったロバート・デ・ニーロ扮するレナードに、パーキンソン病の治療薬であるL-Dopa(レボドパ)を投与すると、自由に歩きまわれるほど劇的に良くなりました。そして、同じ病棟の同様の患者さんたちにもL-Dopaは使用され、皆、普通の生活ができるほどに回復します。ところが、そのうちレナードにL-Dopaの効果がなくなってきます。薬を増量していきますが、運動症状の改善効果より、その副作用による不随意運動(自分の意思でコントロールできない運動)が増強していきます。そして、最後にはレナードを含め皆、元のように寝たきりになったり無反応の生活に戻ってしまいます。レナードたちが目覚めたのは、ひと夏の間だけでした。

 原作は医師でもあるオリヴァー・サックスによるノンフィクション作品で、レナードは20人の患者の1人として記載されています。

 さて、レナードの原因疾患である嗜眠性脳炎とは、エコノモ脳炎(Economo’s encephalitis)といわれ、1916年から約10年間全世界的に流行した脳炎ですが、その後1930年以降はほとんど発症を報告されていない不思議な病気です。亡くなった方も多かったようですが、この脳炎になったあと、早くて数週、遅いものでは20年以上経過して、このレナードのようにパーキンソン症状が発症しました。このように脳炎後にパーキンソン症状が出現するものを脳炎後パーキンソン症候群と呼びます。

 では、パーキンソン症候群とは何かというと、症状がパーキンソン病と類似していますが、パーキンソン病ではなく、何か他の原因で起きている場合に症候群とされます。すなわち、パーキンソン病は神経伝達物質であるドーパミンが、原因はわかっていませんが枯渇してしまう病気です。そのためドーパミンの材料となるL-Dopaを使用すると劇的に症状の改善をみることができます。しかし、パーキンソン症候群は決してドーパミンが足らないというわけではないため、軽度の改善や、このレナードのように一時的な改善がみられるにとどまります。運動機能の改善を期待して、L-Dopaの増量を行うと、レナードのように精神的興奮や幻覚、ジスキネジアと呼ばれる体中が不規則に動いてしまう不随意運動が現れてしまいます。

 パーキンソン病には代表的3つの症状(3大徴候)があります。振戦(手足が小刻みに規則正しく振るえること)、筋強剛(筋固縮ともいわれ、体中が硬くなること)、無動(動きが少なくなったり、止まったりすること)です。脳炎後パーキンソン症候群には振戦はやや少なく、眼の症状を伴うことが多いとされています。また映画の後半でみられた「注視発作」という発作的に眼球が上を向く症状を伴うことが多いとされており、その発作中顔面の痙攣や、レナードのようにアテトーゼ運動と呼ばれる手足突っ張らせるような不随意運動を伴うようです。

 映画の中でレナードだけではなく、他の患者さんにみられた幾つか注目すべき症状があります。ルーシーがホールの床の模様のある部位は歩けますが、模様のない場所に来ると足が止まってしまいます。そしてセイヤー医師が床に模様を書き足すと、また歩けるようになります。これはしばしばパーキンソン病患者さんにも同様の症状がみられ、矛盾性運動(kinesie paradoxale)と呼ばれ、何もないところでは足が出なくて歩けないのですが、目の前に障害物を出すと、それを越えるように足がすいすいと出て歩けるようになる変わった症状です。そしてルーシーが落ちた眼鏡を手でつかんでいたり、皆がボールを投げるとすばやくキャッチする場面がありますが、これも先ほどの矛盾性運動の一種ではないかと考えられています。私もパーキンソン病やパーキンソン症候群の患者さんにやってみますが、本当に奇妙な光景です。しかしリハビリには使えそうですね。

 脳神経内科医は患者さんの症状や徴候から病気を分析することが多いので、レナードを演じたロバート・デ・ニーロはもとより、他の患者さんを演じた俳優の演技に眼がいってしまいますが、その演技力には唸るものがありますね。